絵本とジェンダー
絵本との出合い
現在21歳と16歳になる娘たちがまだ幼かった頃、子育てを通して私はたくさんの絵本やおはなしと出合いました。下の娘の通った私立幼稚園には親たちの学習グループがあり、親である私はどこかのグループに所属することになりました。2年保育の1年目には、おはなしを丸ごと覚え子どもたちに語る「すばなし」のグループに、2年目には人形劇のグループに所属しました。当時、娘が卒園してもそれらの活動を続けたいとの思いから仲間を集め、公民館の図書コーナーで月一回、地域の子どもたちにおはなし会を始めました。
おはなしの世界では子どもと大人の間に垣根はなく、わくわく・ドキドキ感を子どもたちと共有するその活動は、むしろ大人である私たちが子どもたちの豊かで新鮮な感性から元気をもらっているという体験の積み重ねでした。
また、私自身が子どもの頃に出合った絵本と再会することもあり、その懐かしさが読んでくれた人の温もりとともに思い出され、おはなしの読み語りを通した子どもと大人のふれあいがとても貴重な宝物であることを実感しました。
けれども、別の活動の中で社会的・文化的に作られていく「ジェンダー」の視点を持ち始めた私にとって、たくさんのおはなしとの出合いは疑問の連続でした。ただひたすら王子様を待ち続けるだけのかわいいお姫様、意地悪な継母など「女性」性の描かれ方に疑問が膨らみ、結果としてお話ボランティアの活動から遠ざかっていきました。
SEANの活動の中でのジェンダーとの出合い
現在、私は特定非営利活動法人シーン(SEAN)の代表を務めています。シーンは、高槻市委託女性学級「かまどねこの会」(1994年発足)の学習会時に保育が必要になったことがきっかけで、1997年、保育サポートグループ「ネットワークステーションとんがらし」という名称で誕生し、2001年法人格を取得した市民活動団体です。
いったん専業主婦として家庭におさまり、子育てを終えた女性たちが、いざ仕事に出たいと思っても今まで担ってきた「子育て」「家事」「介護」がキャリアとして認められず、納得のいく職探しが非常に難しいのが現状です。ましてや、子育て期は特定の地域、特定の人たちとの関わりしかない閉鎖的な状況で、限られた社会の中でどんどん自信を奪われその世界から一歩踏み出す勇気を失くしてしまった女性たちとたくさん出会ってきました。
シーンでは現在でも「サポートとんがらし」事業として、ベビーシッターや一時保育を実施しています。力を無くしてしまいがちな女性たちが関係性の中で相互にエンパワメントし、また「してあげる」「してもらう」といった力関係を作らないよう、有償ボランティアによる会員相互扶助という位置づけで、子育て支援・女性の社会参画支援として事業展開しています。
法人格取得後も「サポートとんがらし」事業を継続しながら、さまざまな角度からジェンダーの視点で事業に取り組んできました。2001年度は民間助成金の交付を受け、2週間限定の「子育てママのグチグチ電話相談」を実施しました。実施期間中75件の相談を受け、その相談内容を分析して報告書としてまとめました。
子育てを通して人間関係に悩んでいたケースは47件。そのうち悩みの対象者として一番多く挙げられたのは、夫(12件)、続いて近所の人(7件)、相談機関等の担当職員(7件)、幼稚園等のママ仲間(6件)。本来は子育ての主体者・協力者・理解者になるべき人たちが、悩みの対象者となっている実態が見えてきました。
子どもの虐待が後を絶たず、2000年度児童相談所における児童虐待相談受付件数の主たる虐待者の割合は、実母が61.6%で実父(23.7%)の2倍以上に及んでいます。その数字の偏りからも、本人の資質の問題として片付けられないジェンダーの問題を感じました。
ジェンダーとは社会的・文化的に作られる性差のことで、持って生まれた性別によって否応なしに着込んでしまう「?らしさ」のことです。女として生まれたからには、適齢期には結婚し、1人以上の子どもを産み育て、しかも世間様から見て「いい子」を育てなければならない。家族の目、近所の目、社会の目だけでなく、自らも自分を追い込んでしまうといった現実が浮かび上がってきました。
その頃、児童虐待の問題だけではなく、後を絶たないドメスティック・バイオレンスや性暴力、男性のリストラ自殺や引きこもりなどの社会問題の背景にもジェンダーを感じはじめていました。また、自分自身の経験からも、大人になるまでに着込んできたジェンダーが生き方を制限し、自信を無くすことにつながっていることに気づき、そのジェンダーを一枚一枚脱ぎ捨て、本来の自分を取り戻すにはたいへん長い道のりを要することも実感していました。
もっと早い段階で気づきを得るための子どもたちへのジェンダー・フリー教育の実施や、ジェンダーの再生産を止めるための調査や啓発の取り組みが、今最も必要なことであるとの考えに至りました。そこで、シーンでは2002年度から「ジェンダーと暴力」をテーマとしたジェンダー・フリー教育「G-Freeプログラム」の開発・教育現場での実施と、絵本をジェンダーの視点で読み解く調査分析の取り組みを始めました。
絵本を読み解く
高槻市では、1999年度から4年続きで「高槻市男女共同参画に関する活動補助金事業」が、公募という形態で実施されていました。1年目はこの補助金が内部講師謝礼を計上できないことから応募を断念したものの、2年目以降は「子育て中の女性の社会参画における意識調査と学習による意識変革の可能性について」、「DV防止法成立に伴う大阪府三島地区自治体対応調査」を補助金事業として実施しました。そして、補助金公募最後の2002年度には「絵本とジェンダー」をテーマに申請書を提出することにしました。
「絵本とジェンダー」をテーマとして、ある程度まとまった絵本を調査分析した報告に出合ったことがなく、おはなし会を開催していた頃の疑問を調査したいとの思いが私にはありました。盛んに行われている、子どもたちへの読み語りに「ジェンダー」の視点がなければ、「ジェンダー」が子どもたちに再生産されてしまうのではないか。そして、「ジェンダー」そのものに興味がある人たちには「絵本」との出合いを、「絵本」に興味がある人たちには「ジェンダー」との出合いを作りたいとの思いも手伝って、申請書を提出し、6月には交付が決定され、7月から翌年3月末まで事業に取り組みました。
まず、11月から12月にかけて「絵本の中のジェンダーチェック―女(の子)像・男(の子)像の描かれ方」と題して計5回の講座を開催しました。第1回目は「ジェンダー問題を再考する」という内容で私がお話をさせていただきました。第2回は「子育てとジェンダー」をテ?マに、子ども情報研究センターの田中文子さんに、第3回は「絵本とジェンダー」をテーマに児童文学作家の、ひこ・田中さんに講師をお願いし、第4・5回目は京都精華大学名誉教授の藤枝澪子さんをお迎えして、「調査分析をするために」という内容で具体的な読み込み作業を行いました。
残念なことに、「ジェンダー」に興味がある人と、「絵本」に興味がある人に接点がないことから、講座は満員御礼というわけにはいかず、5回講座を連続で受講した方が少ないという結果に終わりましたが、8名の受講生がその後の調査分析にかかわってくれました。
「『絵本100冊』をどうやって選ぶのか?」が第一の課題でした。図書館に通い『別冊太陽(日本のこころ112)読み語り絵本100WINTER2000』(平凡社)を手にして、そこに紹介されている絵本を図書館で借りられるだけ集め、それでも足らない冊数は『ちひろ美術館が選んだ‘親子で楽しむえほん100冊’ちひろ美術館編』(メンツ出版)の紹介絵本から補充しました。
49名の著名人が、思い出のお薦すすめ絵本をそれぞれ2〜3冊紹介する形で『別冊太陽』は編集されており、そこに紹介されている絵本は古くから読み継がれてきた定番が主でした。この『別冊太陽』を選んだことに、講座の中で受講生から賛否の声が上がりましたが、絵本の専門家たちだけが選んだものではなく誰もが比較的よく知っている絵本が集められていたことが、結果としては良かったのではないかと思っています。
絵本の中にあるジェンダー
「絵本とジェンダー」についての調査結果は次の通りです。
絵本の著者・イラストレーターともに男性の比率が高く60%弱が男性であり、物語の主人公そのものも男性66%・女性18%・不明16%。人間以外の動物を含めたすべての登場人物の性別内訳を見ても、「男性」性のみが20%・「女性」性のみが1%・「女性」性が補助的に少し登場するもの7%・「両性」が登場するもの65%という結果でした。
それらの内訳の偏りが、著者の性別と関係するのか、出版年代に関係するのかも調べました。女性が著者の絵本は38冊、うち女性が主人公の絵本は8冊、男性が著者の絵本は62冊、うち女性が主人公の絵本は10冊、著者の性別に関わりなく女性が主人公の絵本は半数以下という結果でした。また、調査した100冊には2000年以降出版の絵本が4冊しか含まれておらず、最近の絵本は除外されているものの、60年代〜90年代のどこを見ても、女性と男性が主人公である比率はほぼ1対4という結果でした。
特に、子どもが主人公となっている絵本45冊中、男の子が主人公の絵本は31冊、女の子が14冊と半数以下。その人物像を見ても、男の子は想像力豊かで好奇心・競争心旺盛、行動力に富んでいますが、女の子が主人公の場合は想像力や好奇心が表現されていることが少なく、自己主張し行動的であっても特異な個性として扱われており、お世話役として登場するものが多く、性別による人物像のバランスに偏りが見られました。
また、主人公は男の子の方が多いにも関わらず、関わる大人は「女性」性である母親が多く、子どもが主人公である45冊のうち、母親が登場する絵本は18冊、父親が登場する絵本は10冊で、特に男の子と母親との組み合わせが多く登場します。私自身、短大でデザイン美術科を専攻していたことから、卒業制作で絵本を制作した経験がありますが、やはり男の子と母親を登場させており、男の子の方がより活発に物語を展開しやすいイメージがあったことを思い出します。
今回の調査で、男の子が想像力豊かに冒険の世界で活躍し、最後に現実に引き戻す、あるいは温かく迎え入れる役割を母親が担っている組み合わせがパターンとして存在し、人気のある絵本として定着していることに気づきました。それらの絵本を否定したいわけではなく、女の子も想像力豊かに活躍する絵本や、父親が子育てに関わる絵本が、同じ数だけ出版され、人気のある定番の絵本になってほしいという思いを強く持ちました。
絵本は絵から伝える表現が重要な役割を持ちますが、ストーリー自体に性別の住み分けがないにも関わらず、絵そのものに役割の固定化が強く描かれている絵本もあります。また、海外で出版され国内出版に向けて翻訳された絵本の場合、絵そのものは性別を表す部分がないのに、「I」「YOU」という主語が「わたし」「ぼく」と訳されていたり、「〜だわ」「〜かしら」と女言葉で表現されることで性別が固定化されてしまったと思われる作品も見受けられました。
多様な生き方に出合う絵本を
2002年度調査した100冊には、2000年度以降出版の絵本が少なかったので、2000年度以降出版された最新絵本の家族像の調査作業に今取り組んでいます。その調査報告書は、今年の6月末には発行する予定です。従来通りの役割分業が強固に固定化された絵本もありますが、新しい家族像を肯定的に表現している斬新な絵本も出版されています。
ここで、特に私が気に入った絵本を2冊、ご紹介します。
「ママとパパをさがしにいくの」(ホリー・ケラー著・すえよしあきこ訳/BL出版)は里親をテーマに描かれた絵本で、ママとパパはトラ縞、自分はヒョウ柄であることから、ヒョウ柄のママとパパを探しに行くホラスのおはなしです。ヒョウ柄の仲間と出会って楽しく遊んだ後、やっぱり育てのママとパパが恋しくなって家に戻り、「ほんとのママとパパになってね」と言って安心して眠るホラス。家族像の多様化を肯定的に表現する中で救われる子どもは多いのではないかと思います。
「ライオンのよいいちにち」(あべ弘士著/佼成出版社)は、ライオンのおとうさんが子どもを連れて散歩に出かけるというおはなし。ライオンのおかあさんは家族のためにシマウマを追っていて、子どもたちと散歩をしているライオンのおとうさんはまわりから「うらやましい」「感心ね」と言われながら、子どもたちと過ごすことを「楽しいこと」「好きなこと」「普通のこと」と表現しています。自然体で子どもと関わっている姿を、しかも「百獣の王」と言われるライオンで表現しているあたりがとってもユニークです。
今年度読み込み作業を行った新刊絵本は、前回の調査対象となった、これまで読み継がれ生き残ってきた絵本100冊とは状況が大きく異なります。絵本の世界も結局のところ経済の流れの中にあり、読み継がれていってほしい絵本が生き残るかどうかは、それを手にとってくれる多くの人たちの需要にかかっています。
近年、シングル家庭や、再婚家庭、同性愛者/トランスジェンダーのカップル、血縁以外の家族など、家族のあり方や幸せの形が多様化しています。ましてや時代と共に家族形態が移り変わってきたことは歴史的にも分かっている事実であり、「これこそが幸せの家族像」といった表現と現実とのアンバランスは、どこかで誰かを傷つけ否定し差別を生み出すことにもつながっていくことだと思います。多様な生き方がバランスよく表現された絵本との出合いは、さまざまな状況下に置かれている子どもたちや多様な個性を持っている子どもたちの自己肯定感へとつながっていくはずです。
また、子どもたちが物語のどの登場人物に擬似体験するかということも、子どもたちの未来の選択に大きな影響をおよぼします。冒頭にも書きましたが、私には2人の娘がいます。彼女たちがまだ幼かった頃、特に2人目の娘には図書館で借りられるだけの絵本を借りては毎晩読み語りを楽しんでいました。ゆるやかに流れるその時間が、子どもと大人の垣根を越えられる貴重な時間であり、それが読みがたりの魅力であると感じました。
それぞれのお気に入り絵本の種類が異なっていて、娘たちが持つ個性の豊かさや違いに面白みを感じていました。上の娘は、冒険ものや教訓が含まれている物語が好きで、登場人物の性別には関係なく擬似体験を楽しみ、今や21歳になる娘の今やこれからの生き方の方向性と深く結びついています。下の娘は、物語よりも絵の好みがはっきりしていて、かわいく繊細に描かれた絵本を好み、好みではない力強く描かれた絵本には拒否反応を示しました。
読み語りのもう一つの魅力は、絵本を通してその子どもの感性が見えてくることです。話そのものにしろ絵にしろ、性別を意識し、そこに描かれている同性にだけ擬似体験をする子どももいます。その女の子が「きれいでやさしく、ひかえめでさえいれば、いつか素敵な王子さまが現われて、幸せへと導いてくれる」という絵本にしか出合えなかったとしたらどうでしょう。その男の子が「価値観の善し悪しは一つしかなく、自分たちの正義のためなら『悪』を退治してもいい」というおはなしにしか出合えなかったとしたら。
世の中には多様な考え方、多様な生き方が存在し、その多様性を情報として知り得た時に、子どもたちは自らの生き方を選ぶ第一歩を踏み出しやすくなります。また、自分とは違う考えや感じ方がこの世には存在し、その違いを尊重し合うことの必要性を学びとっていくことにもつながります。
たかが絵本、されど絵本。性別による役割が固定化された絵本ばかりに子どもたちが出合っていたのでは、ジェンダーが再生産されてしまいます。絵本を通し多様な生き方・考え方と出合い、「わたしはわたし、あなたはあなたでいいんだ」といった人権感覚を育むことができるような絵本がたくさん出版され、多くの人に愛され、読み継がれていくことを願います。
* 部落解放6月号 2004.535号 解放出版社発行