「いのち」について (no.108)
すべての いのちには 限りがある すべての 人に存在意義(価値)がある
そして 自分自身の存在意義を信じ そのことを真摯に受け止めたとき 自ずと道は開けていく
子どもたちが加害者となる事件を気にしつつ、前回のコラムの続きとして考えをまとめていた
その矢先に、尼崎の列車事故の知らせを受けました。
「しほちゃんもやっちゃん(娘たち)も、今日はちゃんと学校に行ったよな」ラジオを聞いていた夫からの、
娘たちを案じる電話で、今回の列車事故を知りました。
遠足でUSJに行く途中だった高校生が事故で命を奪われたことと、その数日後に同じく遠足で
USJに出かけた娘の存在とがオーバーラップし、また、あの福知山線は、昨年仕事で何度となく
乗車した線であることなどが脳裏によぎり、人事とは思えない恐怖感を覚えました。
地獄絵図と化した車内を想像しながら、未だに戦場となっているイラクでは、このような惨劇が
日常化しているのではないかと思ったりもしました。
あの阪神淡路大震災で、受験勉強中、鉛筆を握ったまま圧死した子どものことを報道で知った時も、
「この子にとって、何のための受験勉強だったのか?」という疑問が、私の中から消えることはなく、
「いのちの重さ」や「いのちの存在意義」について、常に意識して考えてきたように思います。
考え始めたきっかけは、中学1年生の頃、同級生の死に直面した時だったのかもしれません。
その友人はお楽しみ会で手品をしてみんなを楽しませてくれる、「ひまわりのように明るい」という
表現がぴったりの女の子でした。突然、学校を休み始め、長期欠席となり始めた頃、
「早く病気なおして学校に来てね」と彼女に宛てた手紙の返事には、「私も早く病気直すから、
西條家(当時の私のあだな)もはやく顔なおしや」と書かれていて、元気そうな文面に安堵したことを
今でも覚えています。
けれども、週末の日曜日に、お見舞いに行くことを友人たちと計画していたその土曜日に、
彼女は逝ってしまいました。
時折小雨のぱらつくお葬式の日、参列していた私は一瞬めまいがして倒れこんでしまったこと、
私たちが訪ねるとご両親がとても喜んでくださることもあって、その後しばらくは、亡くなった友人宅に
友だちと定期的に通っていたことは、今となっては遠い日の思い出です。
彼女は自らの死を通して、思春期の私たちに多くのことを教えてくれたのかもしれません。
その後も、病死や自死によって、後輩や友人と何度となく別れを告げ、子どもたちの命を授かったことで、
自らの命の重さを実感してきたのだと思います。
明日のために生きるより、今、この瞬間を大事に生きること、この世に生を受け、生かされている
この私にも、その存在価値があることを常に実感しながら、私はここに存在しています。
無念の死の報道は後を絶ちませんが、無念の死を引き起こす加害者となってしまう子どもたちの
報道も後を立ちません。
加害者となってしまう子どもたちの育ちの中で、自らの命の尊さをまるごと肯定してくれる人の存在が
あれば、そして、自らの存在意義を実感できるような体験があれば、こんな悲しみを抱えることなど
なかったのではないかと思い、つらくなります。
ここにいる私たちが今を真摯に生きることが、様々な形で犠牲となってしまった人達の「いのち」を、
無にしないことなのだと思ったりします。
「〜らしさ」のとらわれで、あるがままの自分に「ダメな奴」のレッテルをはり、本来の自分の輝きを
見失ってしまうことのないように、全てのいのちには限りあることを自覚し、自らのいのちの尊さと、
その存在意義を信じあえる世の中を、私たちの手で勝ち取ることができることを信じて。
2005.5.2 かえこ
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