子どもたちを加害者にも被害者にもしないために
「『男は男らしく、女は女らしく』を子どもたちに教育するべきだ」と主張する方がいますが、
それを主張する理由として2つの相反する見解を耳にします。
1つは、もともと持っている特性だから、それを活かす教育を行うべきだといった見解。
もう1つは、ほっておけば「男は弱く、女は強く」なってしまうので、逆のことを教育すべきだ
といった見解です。
それらの理由は、ご自身を振りかえって、あるいは特定の子どもを観察してのことなのかも
しれませんが、結局のところ両極端な子どもが存在するという証なのだと思います。
私自身2人の娘を育ててみて、同じ言葉や関わり方をしても、それぞれ違った受け取り方や
学び方をすることを体感し、結局のところ、女・男あるいは血液型などでの思い込みは
意識して捨て、そのひとり一人をよく観察しそれぞれに適した対応や働きかけをするしかない
のだとの思いに至りました。
理由をどう位置づけるにしろ、「『男は男らしく、女は女らしく』という生き方を教育すべきだ」
とする考えは、自分の理想としてそれを子どもたちに教育したいということのなのだと思います。
しかし、思春期の子どもたちに出会う中で、子どもたちからさまざまな声を聴きます。 「『女らしく・男らしく』を押し付けられて嫌な思いをしている」
「『女も男に負けないように強くなりなさい』と、押し付けられるのがいや」 「自分はだめなんだと言われているような気がする」
いずれにしろ、大人と子どもの構造的な力関係の中で、大人が自分の理想とする考えを
子どもに押し付けることは、子どもたちにとっては窮屈な話です。
もちろん、先を生き、経験も情報もたくさん持っている大人の責任として、子どもたちに自分の考えや、
さまざまな情報や社会の課題等を過不足なく伝え、その上で大人自身が理想とする生き方を
実行して見せていくことは大事なことだと思いますが、子ども自身が考え選び取っていく力を
育ててこそ教育と言えるのだと思います。
また、加害者として少年院に収容されるのは圧倒的に男の子、性暴力の被害者は圧倒的に女の子、
自殺するのは圧倒的に男性、子ども虐待の加害者は圧倒的に実母であるといったように、 性別により起こってくる問題には偏りがあります。
それらの問題は「男は男らしく、女は女らしく」といった考えを、「男は負けない、女は従順に」と
いった抑圧に変えてしまう中で起こっているのだと私は思っていますが、先に述べた問題の原因が、
持って生まれた特性からであれ、ジェンダーから生まれている問題であれ、これ以上子どもたちを
加害者にも被害者にもしないための予防教育を行う必要があります。
「らしさ」や「強さ」「優しさ」は非常にあいまいな表現で、それぞれが受け取っているイメージが
微妙に違っているという現実を踏まえ、性別による固定的な「強さ」「優しさ」を子どもたちに
押しつけるのではなく、人として「強く」「優しく」生きるための方法論を子どもたちとともに考え、
大人も自らの生き方を問い直す形でともに新しい時代を築き上げていくことが、出前授業として
実施しているSEAN G−Freeプログラムの目指すところです。
2004.9.15 かえこ
ブックレットになりました!!
ジェンダーフリーで綴るNPO発信レポート「かえこのちょっと言わせて」
no.1(1〜20)
no.2(21〜40)
no.3(41〜60)
申し込み 各400円
「かえこのちょっと言わせて」バックナンバー
no.61/no.62/no.63/no.64/no.65/no.66/no.67/no.68/no.69/no.70
/no.71/no.72/no.73/no.74/no.75/no.76/no.77/no.78/no.79/no.80
/no.81/no.82/no.83/no.84/no.85/no.86/no.87/no.88/no.89/rinjigou/no.90
/no.91/no.92/no.93
|